大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和46年(あ)1900号 決定 1973年3月23日

本籍・住居

東京都江東区深川新大橋三丁目四番地

鮮魚仲買業

伴三喜男

大正七年二月二〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和四六年七月二〇日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人斎藤尚志の上告趣意は、再審事由、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。また、記録を調べても、同法四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岡原昌男 裁判官 村上朝一 裁判官 小川信雄 裁判官 大塚喜一郎)

○昭和四六年(あ)第一九〇〇号

被告人 伴三喜男

弁護人斎藤尚志の上告趣意(昭和四六年一〇月二六日付)

第一点 本件は、刑事訴訟法第四一一条第四号にあたる事由がある。

一、別添上申書は、第一審における証人服部敏男によつて作成されたものであるが、同人は国税局の調査の際、上告人との取引を否定してしまい、実父服部友吉の簿外鮪の本件取引により、父の不正取引が発覚するのをおそれて、曖昧な供述をしたが、原審判決が、前渡金の存在を認めず、控訴棄却をしたのを知らされ、上告人が懇請した結果作成されたものである。

右上申書に述べられたようなことは、原審ならびに第一審において取調べた証拠からも推認できる。

二、国税局は、調査の段階で、上告人とカネ友商店との取引があることは了知しており、上告人がその当時から「現金仕入」の分が洩れているとの主張に対し、証拠がないとしてこれを認めなかつたのである(証人緒方多賀雄の証言、一七八丁乃至一八〇丁)が、証拠上カネ友商店との取引が明認されているにも拘らず、静岡県焼津において服部敏男を調査し結果を録取したとされる昭和四一年三月一六日付大蔵事務官富田有作成の質問てん末書には、上告人との直接取引が、昭和四〇年六月以前にはなかつたこと、上告人方の当座出納帳にはカネ友への支払が、昭和三七年九月八日一、〇〇〇万円、昭和三八年八月二四日一、五一四万円余、同年九月一一日には四四五万円余が明記されているのに、そのような取引はないと断言できるとの答を得て、これを調書にしたのであり、服部敏男が虚偽の供述をしていたことは明白であり、又第一審における証言も前記事情から真実をのべなかつたのであつて、本件上申書が真実を記載したものであることの裏付けがなされるのである。

三、国税局は、上告人の主張していた「現金仕入」即ち真実は、前渡金との相殺による仕入を認めなかつた為P/LとB/Sの不突合額を仕入として認めることにより、辻褄を合せたが、仕入調査書には、

昭和三八年二月 石井 一、六六七、八〇〇円(預金出納帳)は、株式売買代金

同 年六月 小島勇 六〇〇、〇〇〇円(〃)は、仕入代金の一部支払であつて、

他と重複する。

同 年七月 浜田行雄 三、九六〇、〇〇〇円(領収証綴)は、同年八月分と重複している。

同 年一〇月 三幸冷蔵 三八〇、〇〇〇円(〃)は、保管料

同 年同月 渡辺 四九八、六三三円(〃)は、歩戻し

昭和三九年一月 富士産業 二一五、〇〇〇円(〃)は、運賃

同 年同月 伊藤ウロコ 九、二〇〇円(〃)は、長靴代

同 年三月 美島商店 一〇、八〇〇円(〃)は、ポリ袋代

があり、原審に提出した総仕入対照表によつてみると不突合額は更に増加する結果となるが、このような、ポリ袋、長靴代、運賃等まで仕入として計上せざるを得なかつたこと自体、仕入について不合理が発生していたのであり、上申書の三、〇〇〇万円を認めることにより、はじめて合理性をもつのである。

抑々、書類が不備であるなら不備であるなりにP/LもB/Sも各々相応しうる結果がみられるべきであるのに、右のような不突合額の発生というのは、損益計算の過程において極めて不自然な仕入、売上の実体があつたことを物語つているのであつて、証人服部敏男が虚偽の供述をしており、本件上申書により真実を上申したのであるから刑事訴訟法第四四一条第四号に該当するので原判決を破棄さるべきものである。

第二点 原判決には重大な事実の誤認があつて、これを破棄しなければ著るしく正義に反すると認められるから刑事訴訟法第四一一条による職権破棄を求める。

一、原判決は、上告人が三〇〇〇万を服部友吉個人に渡したものである、との主張を排斥する理由として、「関係証拠に照らすと、被告人の取引の相手方は、株式会社カネトモ商店であつて服部友吉個人でないことは明白であり」としている。

しかしながら、右前渡金の預り証は、昭和三九年相殺勘定により、前渡金が消滅した時点において服部友吉に返却し、その頃服部友吉の経営していた株式会社カネトモ商店が事務所を移転する際に廃棄して現存しないことを判示している(証人服部敏男の証言、記録二二七丁御参照)のであつて、昭和三五年から昭和三九年までの帳簿類が存在しないのに、右当時の取引の相手方を「関係証拠に照ら」して、服部友吉個人との取引でないと認定したことは証拠に基かない判断であることは明白である。

原判決は、「仮りに三、〇〇〇万円を一応服部友吉個人に預けたとしても、同人と株式会社カネトモ商店間の関係で、会社の帳簿に何らかの記載があつてしかるべきものと思われるのに、それに相応する記載も見当らない」と判示するが、上告人からの前渡金は、相手方からみれば「預り金」、「前受金」又は「仮受金」となるが、これらの費目が相殺等によつて消滅すれば、会社の帳簿上から姿を消すのは当然であつて、昭和三九年或は四〇年頃に帳簿類を廃棄したあと、個人と会社間に、前渡金に相応する記載が見当らないからとして上告人の主張を排斥するのは全く理由にならない理由によつて判決がなされたものといわざるを得ない。

上告人が株式会社カネ友商店と取引していたこと自体はこれを認めうるとしても、前渡金は、簿外鮪を社長である服部友吉が個人として売却する分の品物として扱われ、この分を相殺に供したことは、原審に提出した控訴趣意書六、に詳述したとおりであり、原判決は首肯できる理由を示していないのである。

二、原判決は、「昭和三五年当時が所論のように鮪について売手市場であり……前渡金の要求をすることがありえたとしても」としながら、三、〇〇〇万円を昭和三八年期首にいたるまで預けたまゝにしておくことは「到底通常の状態とは思われない」と判示する。

魚市場の取引が、近代化されたものではなく、電話又は口頭により何百万、何千万の取引が行われるものであることは、上告人が第一審以来力説して来たところであつて、売手市場の場合は、廉価で数量のまとまる相手方が、上告人の営業上必要である以上、相手方に取引の支払確保のため、前渡金を交付することは極めて自然であり、昭和三八年、服部友吉が病気がちとなり、且、売手市場の商況も変化して来るまでは、前渡金をそのまゝにして置いたこと、右事情の変化に伴い、徐々に前渡金を取崩すようになつたことは、これ又極めて通常の状態なのであつて、原審の判示は、新聞等によつて屡々近代化が叫ばれている魚市場の実情を無視したものといわざるを得ないところである。

又、前渡金三、〇〇〇万円の金額が三八年度中の鮪鉢フイレの総売上に比し高額に過ぎると思われると判示しているが、三、〇〇〇万円が何故三八年度だけと較べられなければならないのか、理解できない。

上告人の主張は、三、〇〇〇万円は三八年三九年両年にわたつて取崩したものというのであつて、一審以来一貫している。

三、原判決は、服部敏男が第一審公判廷で三、〇〇〇万円の前渡金を受取つたような供述をするが、これは本件の取調べ開始後になつて上告人から聞知したものであると判示するが、右認定の供述がないでもないが、服部敏男の供述はそれのみではなく、昭和三九年頃、服部友吉が聖路加病院に入院中、服部友吉から上告人に送られた相当のトン数に対し二〇〇万円位が上告人から服部友吉に支払われたのを見ているというのであつて(記録二一九丁から二二二丁まで)、一部相殺がなければ、右供述とはならないものであり、一部相殺のためには前渡金が存在したものとみられないではない証拠が存在しており、原判決も右事実の外形的存在は認めているにも拘らず、上告人本人の供述以外に右前渡金の存在を証明するに足るものはないと判示することは事実の誤認である。

又、南協冷蔵の領収証付保管金請求書に「整理済」とあるのは、保管料についての整理済の趣旨である旨を判示するが、上告人は現金支払等の場合は「代スミ」と記載しており、整理済とは現金等の支払なくして債務を消滅した場合、換言すれば相殺の場合のみにこの記載をしているのであるから、仮りに百歩譲つてこれが保管料につき整理済とした場合保管料の合計金六一八、〇四七円はカネ友商店との間に何らかの反対債権が上告人側にあつて整理済となつたものと解されるのであるから、右保管金を整理済即ち相殺の形で処理したことは、前渡金の存在(それが仮に三、〇〇〇万円でないとしてみても)を推定すべきものであつて、鮪代金との相殺ではないから前渡金は存在しなかつたものとすることは判示しえないところである。

上告人が、「整理済」の記載した事実をもつて証明しようとする目的は、「前渡金の存在」なのであつて、鮪代金との相殺が目的なのではないのであるから、保管料の相殺の事実によつても、前渡金の存在を認め得るところなのである。

四、原審において、上告人は鮪フイレの仕入、売上の総重量を比較し、売上の総重量が仕入の総重量よりも過大であることを立証した。

本件は所得税法違反被告事件であるから、金額上の計算により立証するのが当然であるけれども、前渡金の証ひよう書類が消失している現状では、金額のみ計上すると、前渡金と相殺して仕入代金の支払なくして売上げた、売上げのみが増大し、本件の起訴金額となるので、やむなく重量(これは相殺であろうと、代金支払分であるとに変りなく重量として計上される)による比較を行つたものである。

原判決は、上告人の右主張に対し、「国税局においては、上告人方の帳簿類の整理作成が不完全で、損益計算による各年度の所得を把握することが困難であつたため、貸借対照表による財産計算法によりその所得を算出したものであり、そのこと自体もとより正当として許容されるところである。」とし「所論は要するに証拠上認められない三、〇〇〇万円の前渡金の存在を前提として独自の損益計算をする」ものとしている。

右判示は、その前提において既に誤つている。即ち、

鮪鉢フイレの仕入と売上の総重量をそれぞれ計上するのは、前述のとおり、相殺であれ代金支払であれ、鉢フイレは鉢フイレの重量で流通するのであるから、前渡金の存在を前提とするものではなく、仕入のない鮪が売上げられる筈もないのに、売上げの総重量が過大であることは明白であるから原審において取調べた仕入に関する証拠以外の仕入がなければならないことを立証し、以て証拠物上には明認できないが、仕入重量を認めなければ常識―経験則―に合わない現象を呈するので、金銭的に、右仕入を可能ならしめたものの存在、即ち前渡金を立証しようとするものであつて、右判示は証明しようとする対象をまず否定して上告人の主張を排斥したもので、違法な循環論法であり、上告人の右総重量の比較に対する判断を回避して次の判示に移つているのである。

即ち、個々の仕入、売上のヒモ付き計算の違いから、上告人の作成した別表一―一乃至三、二の一乃至二、三の一乃至四、および別表四の一―一乃至三、五の一乃至二、六の一乃至三は正確とは認められないと判示するが、右個々の数字の違いよりは、総合計の仕入売上の差からみて、仕入がなくて売上のみある事実を如何に説示するかにはふれていないのである。

原判決書一〇丁うら四行目から「次に数量の点から観察してみると、所論は、」と説き起しながら「それにこの分についても相当の売上げ利益を見込む必要があるのは当然であるから、いずれにしても右一覧表の売上金額と仕入金額との差額がすなわちカネトモ商店に対する前渡金との相殺による仕入に相当するとの所論は、到底これを維持することができない」として、数量面からの判示をせず、利益率という不明確な要素(それも三九年の二割二分というのは極めて不合理である)をとり入れて判断を回避しているのである。

抑々資料が不正確というのも、国税局の押収以後行方のわからない現金メモは上告人の責任ではないものであり、不備というのもカネ友分のみなのであつて、これを上告人の責に帰してトン数の比較に対する判示を避けることは、著るしく正義に反するものといわざるを得ないところである。

五、原審に至つて、提出された仕入調査書によると昭和三八年の不明出金二四、六二三、三三四円を、又同三九年には九九九、〇〇四円を認容していることが判示されている。

しかしながら右仕入調書によると、ゴム長靴代、ビニール袋代、株式売買代金、歩戻し支払分(リベート)等がありその外二ケ月にわたつて重複して計上された仕入等もあり、これらを仕入と認定することにより、仕入と売上の一応のバランスをとつたけれども、右支出は、仕入と認定されなくても当然損益勘定のうえで認められる支払なのであつて(この資料は上告人において整理済であり、そうでなくても押収された資料により認定できる)これらを認め且P/LとB/Sの不突合分を昭和三八年四、七三九、三四〇円、同三九年三、五四四、一八二円を認めているから、売買利益を考慮すると、上告人の主張する前渡金相殺分に達しないが、三、〇〇〇万円の相殺分とは速断できないとして、ここでも不確定概念である売買利益を援用して上告人の主張を排斥しているのも、到底上告人を納得させるものではない。

以上、述べた趣意からみて、原判決は、審理不尽の結果これを破棄しなければ著るしく正義に反するものであるので破棄を求めるものである。 以上

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